あいコラムAVol.1:折れそうな翼でも(セラフェシア)

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セラフェシア Last Updated 2012-05-15


飛べると、信じる事が奇跡を起こす

達乃あいのコラムⅠのページにお越しいただきまして、ありがとうございます。

このコラムでは、日常にある「スピリチュアリティ」について、綴っていきます。

なお、感想などございましたら、下記のメールまでお願いたします。

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それでは、最後までお楽しみください。

達乃あい

VOL.1≪手放せないモノを手放す方法≫

【手放せないモノ・・・】

カウンセリングに来る理由のひとつに、「自分では中々手放せないモノ」をどう手放せばいいのかと言う事があります。

「自分の母親を手放せない」

「自分の父親を手放せない」

「別れた恋人を手放せない」

「喧嘩した友人を手放せない」

「可哀相な友人を手放せない」

「旦那を手放せない」

「妻を手放せない」

「仕事の人たちを手放せない」・・・などなど


このように手放せない事はたくさんあると思います。

手放せない状態の時は、その事を考える事をやめようとしたり、忘れようとしたり、またどうにか相手や環境を変えさせようと試みたり、手放そうとすればするほど、手放す事とはまったく反対の行動となってしまいます。

その事ばかりを考えてしまいます。

このような時は、どう考えればよいのでしょうか?



【あなたの中のもうひとつの「愛している」】
その時のあなたの状態は、例えその人や環境とどのような事があったとしても、実はその人や環境の事を「愛している」状態にあります。

何故なら、あなたの貴重な人生の時間を削ってまでも、その人や環境の事をずっと考えているとは、その人を愛している行為に他ならないからです。

愛の反対は「無関心」ですから、それが「愛している」なのです。

しかし、「いや~。私はこの環境が大嫌いです。だって、どんどん、大変な状況にだけはなるし、早く辞めたいな~って、いっつも辞めることばかり考えています。でも、ね~。そんな簡単に辞められる訳ないし~」

「え~!私はその人が大嫌いですよ。だから、もう考えたくないんです。でも、恨み節と言うか、その人に対して言いたい事が湧き上がってしまいます。」

そう想う方もいるかもしれません。

しかし、その人や環境を愛していようがいまいが、あなたが忘れようとか、辞めようと「常に」思うならば、その人や環境はあなたの心に多大なる影響を及ぼしています。

努力しなければ、あなたの心は容易にそれに占領されてしまいます。

そして、あなたは忘れる事や感じないようにすることでしか、それを排除する術がないのです。

後から後から、いろいろな気持ちがそれに対して「自然に」湧いてくるのです。

としたら、素晴らしいあなたの感受性をあなたが嫌いであるものの為に犠牲にして、あなたはそれを忘れよう、忘れようと「感じないように」しているのです。

裏を返せば、それが「愛している」なのです。

何かをしようと思わなくても、後から後からその気持ちが湧いてくる・・・。

これが愛の気持ちの原理です。

愛は、後から溢れてくるものだと言う事が逆の観点から見たとき、分かるかと思います。

あなたの心の中には間違いなくそれがとても大きなスペースに存在しています。



【スイッチ オフの瞬間】
好きと嫌い・・・。

これは本当に表裏一体で、本質は同じモノです。

それが、あなたの中にある愛のひとつの姿です。

はじめは、それを認める事は中々できません。

だから、文句や愚痴などがわいてきてしまいます。

そして、それをきちんと口に出せ、感情を放出し、感じきる事ができる人はいいのですが、それをきちんと口に出せない人は、その痛みや苦しみを心の奥へと押し込めてしまい、もっと状態を深刻化してしまいます。

先ほどの「考えないようにする」も、ただそれを心の奥へ押し込んでいるだけです。

何も解決はされていません。

憎しみや、痛み、苦しみが自分の中の愛のひとつだなんて、自分が想う感情とは違うと思うと、その感情を「感じないように」します。

それが、「無感覚」です。

憎しみや、痛み、苦しみが湧き上がりそうになると、そこだけ、スイッチがオフされたように何も感じなくなります。
(だから、その感情を感じさせようとする事象や、その問題、人間関係、環境など、苦しい状態が天の恵みとして降り注ぐのです)

この大嫌いだと想う感情、つまり憎しみ、痛み、苦しみの感情はとても大事な感情です。

何故なら、愛の気持ちがなければ、その痛みや苦しみ、憎しみなどはあなたの中から生まれて来ないからです。

しかし、その感情、痛みや苦しみ、憎しみが嫌だと思い、自分にその感情が生まれようとした瞬間にその感情をカットしてしまうと、それは「あなたが愛しい」「あなたを愛している」「あなたの事が大好き!」という、愛の原則的な感情もろともカットされているのです。

「自分は何が好きなのか分からない」

「自分は本当は何をしたいのか分からない」

「自分は人を本当に愛した事があるのかどうか分からない」

「自分の感情がよく分からない」

このような方は、痛みや苦しみ、憎しみの感情のスイッチが働いていません。

だから、物事に愛を持って当たる事ができずに、苦しんでしまいます。

移り気になったり、すぐ興味がそれてしまったり、ひとつの事を習得せぬまま、違う方へ考えがシフトしたり、気持ちがホッピングします。

これは先へ進んでいるのではなく、場所を変えてただ留まっているだけです。

実は、手放したいモノを手放さなくては、人生の先へは進めないのです。

では、あなたが本当に手放したいモノとは一体何でしょうか・・・?



【手放せないモノ・・・誰が?】

さて、ではどうやって手放したいものを手放すのでしょうか?

それにはまず今もなお、自分がそれを愛している事をまず認める事です。

まず、認めるのです。

あなたは、好きなのです。

あなたはその環境で一旦は認められ、人から必要とされ、そしてその自分を愛しました。

あなたはその人を愛し、そしてその人から必要とされ、そしてその自分を愛しました。

それを否定してはいけません。

それを忘れ、今の現状を否定しようとすると苦しくなります。

まず、自分がその人や環境を好きである事を認めるのです。

しかし、ある時からそれは愛ではなく、違う感情になってしまった事に自分で気が付けていません。

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実は、愛の気持ちに「要求」が入り込むと、それは一瞬にして「憎しみ」に変わります。

まるで違う液を垂らしたら一瞬でビーカーの色が変わってしまう科学反応のようにです。

これが手放せないモノが発生する瞬間です。

自分の中に「要求」が入り始めた事に、「自分が」気付けていないのです。

それは自分の感情を「感じないように」切り離しているために、自分の気持ちの方向性に無頓着になっているからです。

そして、その環境はすでに変わり始めています。

また、自分の心の中には「感じてはいけない感情」が芽生えています。

それは、痛みや苦しみ、憎しみの感情です。

そして、それを自分から切りはなそうとすればするほど、自分では「感じてはいけない感情」が産まれれば産まれるほど、あなたはそれを手放せなくなってゆくのです。

さて、これを一般的には何と呼ぶのでしょうか?

それは、これを「依存」と呼びます。

「依存の度合い」は「要求の度合い」です。

もし、今の環境が悪いと思っていても中々動けないのであれば、それはあなたがその環境に依存していると言う事です。

そこにいる事で、自分の心を見なくてもすんでいるからです。

「自分は何が好きなのか」

「自分は本当は何をしたいのか」

「自分は人を本当に愛した事があるのか」

「自分の感情とは何か」

このように生きている上で大事で、重要で、でも面倒くさくって、できれば見たくない事を考えなくてもいいその環境は、あなたにとっては重要な環境ですが、環境にとってみればあなたの代わりはいくらでもいます。

非常に残念ですが、それが現実です。

それを認めてしまう訳にはいかないので、あなたの心はいろいろな事をあなたに見せます。

あたかもその環境が必要であるような事を感じさせます。

人も同じです。

憎んでいたり、嫌いなら、まず自分の方がその人を愛している事をまず認める事です。

あなたの要求が通らなかったから、それは痛みになっているのです。

あなたは「その人」に自分の思う通りになってもらいたいので、あなたにとって「その人」は重要な人ですが、その人にとってみればあなたは重要ではありま
せん。

非常に残念ですが、それが現実です。

それを認める事ができないので、あなたの心はいろいろな事をあなたに見せます。

あたかもその人が必要であるような事を感じさせます。

これが手放せないモノの正体です。

そしてそれは「あなたが」それに依存しているのです。

自分が依存している・・・。

これが「自分と真剣に向き合う」という作業です。

だからこれと向き合うはつらいのです。


そして、そんなにその環境を愛しているならば、動く必要なんて全然ありません。

一生、ずっとそこにい続ければいいのです。

そして、そんなにその人を愛しているのであれば、この先もその人の事を一生考え続ければいいのです。

何故なら、あなたは愛しているからです。
どんなに悪い環境でも、どんなに嫌な人でも、あなたが心を動かさないのであれば、あなたはその悪い状態が大好きなのです。

苦しむ事が大好きなのです。

それが、あなたの愛の表現方法です。

あなたが苦しむ事が、あなたの愛の表現方法なのです。

一生、そのままでいたいのか?

一生、その苦しみと共にいたいのか?

それがあなたの愛の表現方法なのか?

それを真剣に感じる事が、自分を見つめるという作業です。

そして、自分を見つめると言う事が手放してゆくという事です。



【本当に手放すモノとは・・・?】
さぁ、これから自分を見つめる作業をしましょう。

さて、あなたにとって愛とは何でしょうか?

愛とは人に何かを要求するものでしょうか?

そして、あなたが要求しているものは何でしょうか?

そして、その要求は実はあなたには必要のないモノです。

その要求は、あなたには必要ないのです。


・・・そう。


この「要求」・・・。


これが、手放すモノの「本当の正体」なのです。


【手放した時、得るモノ】
あなたが要求しているものを手放し、あなたが愛している感情、この気持ちを感じて、認める事。

これが「手放してゆく」と言う行為です。

あなたはそれだけ愛の気持ちを持っています。

あなたは・・・。

愛していたのです。

その、あなたが素晴らしかったのです。

自分の愛の深さを感じたとき、それは手放されてゆきます。

それを本当に手放せた時、あなたの心の中には深い愛の感情だけが心の中に残っている事でしょう。

手放せた時に本当に得るものとは、それは、自分は愛していたんだと言う「愛の軌跡」なのです。